トップへ 新着情報へ インタビューへ 特別企画へ 交流室へ リンクへ
 
○こちら特撮情報局 特撮男優・女優スペシャルインタビュー
 
■−特撮ヒーロー ほろ酔いトーク 2009−
ゲスト:草刈滉一・倉知成満・杉欣也・津山栄一(敬称略・50音順)
――
本日は弊サイトオフ会にご参加いただき、誠にありがとうございました。ファン諸氏と交流していただきましたが、率直なご感想をおきかせください。

津山

楽しかったです! 『デンジマン』はもう30年も前の作品なのに特撮ファンの皆さんは、僕の出演シーンの細かいことまで憶えていてくれましたね。これは本当に素晴らしいこと。僕はもう芸能界から引退したので、ファンの皆さんの前に顔を出すことなく一生を終えたいと思っていたんです。

今日のオフ会、津山はすごく楽しみにしていたじゃん(笑)。喜んで来たくせに。
津山
実は楽しみにしてました(笑)。ありがとうございます。
俺なんか毎回オフ会に出させてもらって、ホントに楽しくてさ。ファンのみんなに会っていろいろな話を聞けるのがスゲエ嬉しい。津山の感想から解るとおり、ヤツは昔からあれこれ細かく考えて撮影に臨むタイプだったけど、俺は何も考えていなかったし(笑)。『サンバルカン』を撮っていた頃は、あとあと大人になったファンと呑み会をするなんて夢にも思わなかったけど、こうやってファンのみんなから呼ばれて会って呑めるなんて、ホント喜ばしいことだと思う。向かいで笑っている倉知さんはどうなんですか(笑)?
倉知
僕は戦隊物が好きな皆さんがいて、出演者のことを今も応援してくれていることを5〜6年前にネットで初めて知りました。ファンの皆さんの想いというものが、僕の心にとっても響くんです。愛しているものがアニメ・特撮・洋画だったり、役者さんだったり、何のファンでもイイんですが、観る方の芸術や文化に対する純粋な想いというものが、世の中をよい方向へ向かわせてくれると思いました。それはとっても素敵なことですよね。『バトルフィーバーJ』の頃は解らなかったですけれど、諸先輩から指導をいただいて、自分はとても知的な仕事をしていたんだな…という気がしています。まぁプライベートでは酒ばっかり呑んでいましたけどね(笑)。
草刈
倉知さんの言うとおり“ファンの力”ってホントにすごいですよね! 『マスクマン』撮影中は共演者やスタッフとよく呑みましたけど、番組が終わると会って呑む人も限られてきてしまう。そんな中、せっかくファンの人たちが同窓会的にこういう機会をつくってくれるのだから、微力だけど協力して盛り上げてあげられたら…と思います。『マスクマン』の芝居を通じて、どれだけファンや戦隊シリーズに貢献できたか解らないけれど、これからはいろいろな場所へ出て発言することで、現役の役者さんや引退した元俳優さんを応援していきたいです。
倉知
草刈さんは偉いね。イイ意味で“昔の古いタイプの俳優さん”だよね。律儀というか…。
草刈
俺が役者になった時、東映俳優センターの大先輩として津山さんと杉さんがいて、すごく緊張しましたよ。今でこそこんなフランクに接してもらっていますけど(笑)。
津山
今日23年ぶりに(草刈氏と)会ったけど、滉一は大人になったなぁ(笑)。
いや、バカなところは全然変わってねぇって(笑)!
一同
(爆笑)
だけど倉知さん、俺たちの頃って“上の人たち”ってホントに怖かったですよね?
倉知
うん、杉さんたちも大変だったと思うけれど、僕の頃も上下関係がとても厳しかったです。(テレビ映画)『遊星王子』の主役を演った村上不二夫さんは、僕が最初に所属した事務所の社長だったんですけど、村上さんから「現場へ行ったら会う人みんなに『おはようございます』って挨拶しろよ!」と怒られました。「挨拶しないと高い所にいる照明さんから重い機材を落とされるぞ!」って脅かされたので、上ばかり見ていましたよ。
一同
(爆笑)
俺ら東京の役者が京都の東映へ行った時も脅かされて怖かった〜! まず事務所に呼ばれて、京都の役者たちからイジメられないように礼儀について教えられて。京都のスタッフたちからは「おいお前、明日は朝6時に現場入りしろ!」とか無茶言われて(笑)。実際はもっと遅い時間に現場入りすればよかったんだけど、結局どれだけ根性がある役者か試されたんだよね。
津山
(集合時間の)1時間前には現場へ入っているように言われたりとか、あったね。
倉知
僕なんか、みんなが朝6時現場入りの時に、4時半には現場にいないと怒られました(笑)。
でもそういう経験をさせてもらって、あとあと役者としてすごく助けられたね。可愛がってくれた先輩方と、あとファンのみんなにはもう感謝しかないよ。『サンバルカン』で一緒だった川崎(龍介)さん・小林(朝夫氏)・五代(高之氏)・(根本)由美ちゃん・賀川(ゆき絵)さん・北河(多香子)さん・曽我(町子)さん・大葉(健二)さんとか、懐かしい顔ぶれに再会できたのも、やっぱ“ファンの底力”だった。これからもファンのみんなと末永く付き合っていきたいな。
草刈
ファンの皆さん、これからもどうぞよろしく!
津山
それじゃあ、あらためて乾杯しようよ!
一同
乾杯〜!!
(2009年12月19日 東京都豊島区内 某居酒屋にて)
○プロフィール

倉知成満(くらち なりみつ)
1951年4月17日生、山口県出身。宮本信子・蜷川幸雄らを輩出した名門・劇団青俳演技研究所に入所後、1977年“倉地雄平”(くらちゆうへい)の芸名でデビュー。テレビドラマ『特捜最前線』第59話「制服のテロリスト達!」ゲストなどを経て、1979年『バトルフィーバーJ』ではフラメンコ・フェンシングの達人にして稀代のプレイボーイであるバトルフランス・志田京介役を好演し、大人気を博す。「連合艦隊」(1981年 東宝)「大日本帝国」(1982年 東映)などの本編に出演後、“倉知雄平”を経て“倉知成満”に改名。「殺人のリハーサル」(2003年 三百人劇場)、「サロメオーケストラ版」(2007年 芸能花伝舎)など、現在は主に舞台活動を中心に活躍している。

○「倉知成満・大葉健二 対談」
http://kochi-toku.org/kurachi_oba000.html

津山栄一(つやま えいいち)
1958年4月12日生、大阪府出身。大阪の児童劇団に所属し、1967年“三木豊”の名でデビュー。テレビドラマ『商魂』(1971年関西テレビ)では、三益愛子・栗塚旭ら大ベテラン勢を相手に堂々準主役を務める。大阪芸術大学中退後、東映俳優センターに入社。映画「暴力戦士」(1979年東映)で主人公と敵対するドーベルマン・キッド役を演じ、芸能活動を本格的に再開。1980年『電子戦隊デンジマン』では料理好きな天才学者のデンジイエロー・黄山純役を熱演し、大人気を博す。テレビドラマ『特捜最前線』第208・242・266話や、「ダイアモンドは傷つかない」(1982年東映)「別れぬ理由」(1987年 東映)などの本編に出演後、1987年に芸能界を引退。現在は地元大阪府内でログビルダーを営む。

杉欣也(すぎ きんや)
1956年1月12日生、埼玉県出身。祖父は歌手・俳優の杉狂児、実父は東映映画バイプレイヤーの杉義一。学生時代よりJAC(ジャパンアクションクラブ)との関わりが深く、『仮面ライダー』などのアトラクションショーに参加する。桜美林大学中退後、東映俳優センターに入社。テレビドラマ『スパイダーマン』『燃えろアタック』(1978年 東映)ゲストなどを経て、映画「暴力戦士」(1979年東映)では主人公チームのサブリーダー・アントニオ役を演じ、これが本格的デビューとなる。1981年『太陽戦隊サンバルカン』では元地球平和守備隊・海軍将校にして海洋学者のバルシャーク・鮫島欣也役を好演、子ども達や女性ファンのハートを釘付けにする。1988年に芸能界を引退。現在は地元千葉県内で建設業に従事している。


1

草刈滉一(くさかり こういち)
1966年3月11日生、北海道出身。東映俳優センター所属の俳優として、テレビドラマ『スケバン刑事II 少女鉄仮面伝説』(1985年フジテレビ)でデビュー。映画・新劇のファンであり、とりわけ新劇は相当数の舞台作品を鑑賞したという。『太陽にほえろ!』第709・716話(1986年 日本テレビ)ゲストを経て、1987年『光戦隊マスクマン』では古武術・テコンドーを得意とする心優しき漢のブラックマスク・ケンタ役を好演、大人気を博す。『ベイシティ刑事』第20話(1988年 テレビ朝日)『もっとあぶない刑事』第1話(1988年日本テレビ)出演を経て、1988年に芸能界を引退。東映俳優センターの先輩俳優であった津山栄一・杉欣也の相次ぐ引退が大きく影響したという。現在は地元千葉県内で会社員。

取材/構成:「こちら特撮情報局」スタッフ
(文中敬称略)